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旅・travel

ここのところ、旅行づいています。仕事での旅だと、出張先に便利なホテルに泊まるけれど、ホリデーでの滞在にはゲストハウスが気に入っています。

普通の家や農家が少し改装された宿泊施設で、ほとんどが1部屋とか多くて3部屋ぐらい。メールで予約しておいて、到着すると家主が出てきて握手して、まずはドリンクをすすめられ庭のテーブルで冷えたビールを飲む、そんな宿です。


フランスのノルマンディー地方の都市ルーアン(Rouen)のはずれの村に、お気に入りの宿があって2度目の滞在をしました。かつての領主邸が趣味よく保存され、子育ての終わったマダムがゆったりと出迎え、素晴らしい朝食を用意してくれる場所。ゲストルームもバスルームも広々と清潔で、この地方の特産だったプリント地の綿で内装されています。


窓からは草を食む馬が見え、庭に咲くバラが部屋とダイニングに飾られる。

朝食の席では別の宿泊客と一緒になり、そこから訪れた場所の情報交換などできて、これも楽しい。オーガニックのヨーグルトを楽しみ、お手製のジャムをまだ暖かいクロワッサンに載せて食べる。あぁ、幸せ。

心からくつろげる場所ですが、唯一の難点はマダムがフランス語しか話せない事。英語でゆっくり話すとわかってもらえて、マダムもゆっくりとフランス 語で答えてくれる。わたしのパートナーはフランス語が少し分かるので、これで会話が成り立つのだけれど、わたし一人ではちょっと無理。でも彼女はとても親切に、ミュージアムの開館時間をネットで調べてくれたりするのでした。

館の周りには森が広がっていて、時々ふくろうが鳴いたりします。夕暮れ時にこの森を散歩できるのも、楽しみのひとつです。

フランスを10日間ほど旅行しました。フェリーでカレーに着いて、車でボルドーまで南下する旅。

最初の数日は快晴のフランスを堪能し、天気が崩れて雨が降り出すと、枯れたような茶色からぐんぐん緑に復活する苔を発見。旅行中の雨はやっかいなものですが、苔が元気になるなら、雨も歓迎ですね。

ルーアン郊外の水車小屋の回転している軸の周りに苔がびっしり。ここなら乾燥する季節も水には困らないですね。


ステンドグラスで有名なシャルトレ大聖堂。中も素晴らしかったけれど、足元の苔も楽しかった。


雨上がりに立ち寄ったボルドーの古都、サンテミリオン。中世の街角に、苔が大復活していました。


苔の種類は英国で見るものと似ています。けれど、株の大きさや葉のような部分が大きくて元気がある。日射の強い環境で、ともすると普通の植物の繁殖に押されている感じも受けましたが、、、頑張れ、苔類!

I visited France for 10 days.  There was a brilliant sunshine for the first half, then rain started.  Mosses were revived rapidly after the first drop of rain, as they were waiting for their life line comes back to them.

ロンドンの郊外Enfieldで毎年ある「Pageant of Motoring」というオート・ジャンブルに行きました。車やバイク、自転車に関する古いものを中心にストールが立ち並ぶガラクタ市です。以前お伝えしたBeaulieuのオート・ジャンブルが海外からも多数出店しているのと比べると小規模なものですが、出店者の多くがその場でキャンプをしていて、売り場の片隅にキッチンをしつらえて料理しているのを見るのが楽しく、今回は「移動キッチン」を集めてみました。


基本はこれですね。コンロにケトル。風をよけるためにテントの陰で。そして、お茶の用意は何よりも重要です。ティーバッグや砂糖、ミルクもコンパクトにまとめて持ち運ぶ。


小さなコンロでも立派に料理できてます。手前が商品、奥にキャンピングカー、その中間が売り場兼キッチン。


コンロもふた口あると、湯を沸かしながら料理できる。これは小さなガズボンベに繋がれているタイプ。


この道具屋さんのキッチンからもいい匂いがしている。使いやすそうな調理用具が商品と一緒に吊られているのも雰囲気です。


バンの荷台に造り付けられたキッチン。タイヤのでっぱりにうまく乗っています。買い物かごのシェルフも使えそう。


これはキッチンではないけれど、湯を沸かす機能のついたピクニックセット。コンパクトにまとめながらも、エレガントさを忘れていない。 こういう機能美と機動性が好きです。

わたし自身は、小さな煎茶セットと保温ポットを持って出かけてお茶をいれるぐらいで、調理するようなキャンプをしたことがないのだけど、身軽なキッチンにとても惹かれる。小さくなるカップとか、平たくなるコーヒー・ドリッパー、重なるワイングラスなんかをついつい買ってしまうのは、いつかその道具たちを使って外で食事するのを夢みているようなのです。

I visited an autojumble, named Enfield Pageant of Motoring.  I am fascinated by mobile kitchens, set at corner of stools.  I love their nomadic lightness, basic functionality and joy of eating these kitchens provide.

瀬戸内の穏やかな気候で育ちスキーを体験することなく今に至ったので、ほんものの樹氷を見た事がありませんでした。リヒテンシュタインを出発する朝、外に出ると冬木立に氷の花が咲いていた。バスと列車を乗り継いでスイス南部へ旅する途中、窓に張り付いて景色を眺めました。


もともと美しい自然のものだけでなく、凍った霧は人工物もきれいに変えている。日が射すまでのはかない美しさだけれど。

霧にけむる湖畔のBregenz駅に降り立つと、行く手に目指す建築が見えました。伝統的な石やレンガの町並みの中にはめ込まれた、不思議な透光性を持つ箱。曇り空とガラスの境界があいまいにかすむ。近づくと、中に構造を隠し持つ皮膜がだんだんと見えてきます。ピーター・ズントーの建築を訪ねるのはこのKunsthausが初めてです。


晴れ間が見えたり、視点の角度を変えると、ガラスが空を映し立体感を持ち、中にある躯体の存在が見えなくなります。夏の日差しや晴れた日なら、遠景でも光を反射してすっきりと矩形なのだろうと想像する。


建物の中に入ると、内側からはもっとはっきり「光の箱」でした。地上階は壁面からの光をたっぷり受けた天井の高い空間、2階と4階は天井ガラスの上にある照明と壁面からの外光の両方をガラスで受けて展示場に光を拡散する空間。3階だけは、ほぼすべて人工的な光で制御された空間。


各階と階段を行ったり来たりして、日暮れの頃の外光と照明のつくりだす変化の中に身を置いてみた。だんだんと外光が弱まり、宵の青い色に変わっていく。そして皮膜の中、フロアの下あたりに埋め込まれたスポットからの光がはっきりと影を作り始める。この40分ぐらいが、この建築をいちばん楽しめる時間だったのではないかと思います。ちょうどやっていたベルギーのアーティスト、ヤン・ファーブルの展示はわたしは好きではなかったけれど、2時間のあいだ建物のなかをゆっくりと歩きまわり、ベンチに腰掛け、階段を上がったり降りたりして飽きることはありませんでした。室内の光は決して展示を邪魔するような光ではなく、ほんわかやんわりと床に届く光。微妙なグラデーションを見せる天井の存在はわたしにとっては圧倒的でした。


日が暮れると、外から見た建築の表情が全く違っていました。建築を夜の闇に浮かび上がらせているのは演出された光ではなく、展示品を照らす照明が外に漏れているもの。昼間に外光を拡散して室内に導いていた皮膜が、今度は中の出来ごとをやんわりと外に伝える。

もっともっと眺めていたかったけれど、気温がマイナス5度だったので、写真を撮る手が凍える前に帰路につきました。

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スイスとオーストリアの国境にある小国リヒテンシュタインで、国立大学の建築科の学生にオランダやフランスからの交換留学生を交えた一週間のワークショップをやっています。テーマは「Light Made Tactile」。空間の中で光を感じ、増幅させ、そこで発見した「効果」を他の人と分かち合うための装置を作る課題。このKunsthaus Bregenzの訪問は、このテーマの延長でもあります。

鉄。

今回の帰国で撮った写真を整理していると、たくさんの「鉄」が写っていました。

風雪を経てざらざらした表面、その凹凸からまだらになった色合い。風化しても、ちゃんとその役目を果たしている鉄たち。英語で言う「patina」ですね。隣り合った木のなめらかで優しい歳の取りかたに、鉄のパティーナがより引き立てられている。


ここまでの写真は法隆寺で撮ったもの。

法隆寺は再発見でした。あんな美しいプロポーションで地震にも耐える構造の建築が1400年も前に建てられ、雨風を受けて装飾が落ちた「素」のものが迫力を持って目の前に存在する、その不思議さ。困難な、手のかかる仕事をたくさんの職人が信念を持ってやりとげた結果なのだな、、、と思いを馳せました。

行きにくい場所にあるからか空いていて、修学旅行バスの中学生が通り過ぎると、ゆったりした時間を堪能しました。こんな不便な場所にあるから、いにしえそのままの広い空を体験できたのだ、、、と感謝したり。

でも、まわりの街はほんとうに殺風景です。国道沿いにはパチンコ店、乱雑な看板、さびついた広告ベンチのあるバスターミナル、、、。どうしてこんな素晴らしい遺産のまわりが、ここまで荒れ果ててしまうのだろう。地元の人は法隆寺を観光資源とは思っているけど、周りの印象が良ければ旅人は「リターン」する、という世界の観光地の法則を知らないようです。誰か、教えてあげてください!

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「パティーナ」の話をしていたのでした。どうも、今回の旅行以来、センスのない日本の地方開発と殺風景な観光地について、つい愚痴ってしまう、、、。

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もう一つ見た「鉄」は不思議なバランスの茶釜です。


歴史保存街区のある奈良県橿原市の今井町で、酒造家を見学した時に二階の座敷に置かれていたものです。箱書きの歴代の持ち主に、織田信長と豊臣秀吉の名前があるのだけど、、、。あながち嘘とも思えないこの存在感。

底が広いのは熱を受ける効率が良く、湯が冷めにくいよう口は狭く。浮かび上がった文字は「内」と「火」の組み合わされたものに見えます。この茶釜が炉に掛けられ、しゅんしゅんと音を立てているところを想像してみる。炭のにおいが漂い、ぴりっとした空気に湯気の湿り気がたちこめる室内。

茶の湯の世界はあまりに深そうでなかなか立ち入れないのですが、美しいと思った道具を使ってみたくてその扉を開く、という入り口もあるのかもしれません。

天川村で出会って嬉しかったのは、夜空に広がる天の川と、森と、神社に必ずあったたくさんの巨大な木でした。

川合地区にある天之水分神社のご神体と思われる、直径が2メートルを越えていた杉の巨木。


こういう圧倒的な存在の前に立つと、畏敬の念をいだくと同時に、触れてみたい思いに駆られます。これは神聖さを穢す所作なのかもしれない、、、とびくびくしながらも、手のひらを当てたり背中を寄せたりしてみる。触れると対話が出来るかというと、そういう訳でもないのですが。

そんな瞬間を写真に収めたのだけど、、、巨木さん、怒ってないですよね?