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Monthly Archives: July 2008

前回のパドヴァのホテルの話を書いていて、思い出した本があります。なぜニセモノに囲まれると幸せを感じないのか?、、と考えていた時、わたしが以前に読んで影響を受けているのはあの本だった、、と思い出したのです。


「働き方研究家」という肩書きを持つ西村佳哲さんの著書『 自分の仕事をつくる』。

この本に出てくる「パタゴニア」のサンダルを先日買ったところで、「どんな事が書いてあったかな?」と思ったので読み返してみました。再度、というか以前よりもさらに共感する部分が多くて、著者の考え方の先進性に唸ることたびたび。

「ほんとに、こんなやり方で続くのかな!?」と落ち込みそうな時に「誰だって、 自分のやり方を探しているのよね。問題は愛の大きさなんだ!」と励まされる。わたしはここ数日、とても励まされました。

登場する「愛のある仕事人」は、著者がすばらしいと思った商品をデザインした人たちで、それが持っている物のデザイナーだと、そのモノが生まれたのはこういう「働き方」があったからだ、、と納得できるのです。

前書きに「周りの物も風景も、誰かの仕事の結果としてそこにある。その仕事が『こんなもんでいい』という態度で作られていたら、それを手にする人の存在を否定する。それは棘のように精神にダメージを与えているだろう。逆に、心を込めて作られたものはそれを含む世界を良く変えて行く力を持っているのではないか」という主旨の文があって、デザイナーとして出来る事への限界というか、そういう気持ちで見ていた世界が少しふわっと押し広げられたような気がしました。

2003年に出版されたこの本に「これから脱工業化社会が本当に進展しつつあったら」とか「モノがあること、あるいはお金があることが豊かさではないことはわかってきた。では、次に目指すべき豊かさは、どこに」という今起きている社会全体のシフトをすでに見据えているフレーズがあちこちにある。5年前、わたしはまだこの著者ほど環境に対する危機感もなく、育ちすぎた消費社会に違和感も持たず、日々のことにただあくせくしていたなぁ、、と振り返ったりするのでした。

今回、いちばんごん!と腹に応えた一文は 「他者の力を引き出す人」ファシリテーターのところで、人がセルフ・エスティーム(自己是定感情)を育むために第三者に何ができるか、という考察をしている箇所です。

『それは「あなたには価値がある」と口で言うことではなく、その人の存在に対する真剣さの強度を、態度と行動で体現することだと僕は思う。』

これは経営者がスタッフの能力を引き出す、という狭い使われ方を越えて、家族やパートナー、共同体で出会う人々を幸せにし、かつ自分が幸せを感じるための基本中の基本ですね。はぁぁぁ。忙しい、いそがしいとつぶやいてちゃダメだ。こんな大切なことをつい忘れて毎日を過ごしているけど、ちょっとしたきっかけでこの本に再会してこの言葉にもう一度出会えて良かったと思う。パタゴニアのサンダルと、ビジネス旅行にThanks。

どんなに格好よく見せかけを作っても、ニセモノに囲まれた空間では心からくつろげない、、、という体験をしました。


先週、出張で行ったイタリアの都市パドヴァで、スペインの「デザイン・ホテル」AC HotelsチェーンのひとつAC Padovaに泊まった時のこと。

古都の城壁の外、工業地帯の入り口、という立地だけど、2重窓で静かだし、清潔。サービスは節度があって気持ちよく、モダンだけど大きすぎないサイズ。かなり気に入りそうなホテルなのに、、、惜しいなぁ。


レセプション周りは、さすがにちゃんとしてました。シックで快適。色使いも照明も、質感もよい感じ。でも、客室が。


最初の印象は悪くなかった。床やカーテンの色合いは落ち着いて、照明もしっとり、収納もたくさんある。掛かってるコルビジェの教会の写真もいい感じ。でも椅子が「なんちゃってイームズ」だと気づき、あらら、、と思って見回すと、偽物だらけだったのです。レセプションの前にあったソファはデンマークのラムハルツだったけど、客室にあるのはそれを真似て作った稚拙なソファ。脚の金物はスプレー塗装だし。極めつけはウォールナットに似せた木目がプリントされているビニール張りの床。まあねぇ、こういう場所では、ハイヒールの跡が残る床材を使いたくないのは分かるけど、、。

バスタブは大きく立派に見えるのに、プラスティック。これは、中に入るとパカパカ音がするし、底はふわふわするし「ホテルで入浴」という楽しみの時間を台無しにしてくれるよなぁ、、と思う。洗面台は、見栄えは良いガラス板だけど、これ、メタルの土台との接着部分をキレイに紫外線溶着しないと、ボンドみたいなのが透けて見えるのはかっこ悪いです。こんな掃除に手のかかる素材を使うなら、それくらいの気は遣って欲しいと思う。くぼみの大きさが微妙で水は飛び散り、裏をつつーっと水が流れたりするので、翌朝にはかなり汚れた印象になってしまう。しかも、天板に傾斜があって、置いてあったゴルフボール型(なぜ!?)の石けんが濡れた軌跡を描きながら転がるのが、ぁあ、うっとうしい!


なぜ、ニセモノだとくつろげないか。

気持ちの良いホテルに泊まる、というのはちょっとした非日常の、ご褒美のようなものだと思うのです。毎日働いてがんばってるし、たまには掃除とかベッドメイキングのことを考えなくてもいい、誰かが朝食を作ってくれる場所でのびのびとくつろぎたい。なのに、そんな場所でニセモノに出会うと「ここに泊まる客にはね、所詮これくらいでいいんですよ、たいして高い料金を払っている訳でもないんだから、表面だけかっこう良くしておいたら」という、隠れたメッセージのようなものが見えてしまう。「これくらいでいいだろう」という気持ちで用意された場所では、人は大事に扱われているとは感じられない。

イームズの本物が予算からして高すぎたら、なんちゃってイームズを買わないで、同じ値段でも誰かがもっと誠意を持って作った別の家具が見つかるはず。ばかみたいに大きなバスタブを入れなくても、心地の良い浴室はいくらでも考えられる。「あなたの快適な今夜ために、予算はそんなにかけていないけど、誠意のあるものたちでこの部屋を用意しました」という場所は、たしかにあるし、そこはわたしをくつろいだ幸せな気分にしてくれる。と、そう思うのです。手作りのジャムやお菓子が置かれている、自分でお茶をいれて飲めるような小さなB&Bなんかは、ニセモノの置かれた「デザインホテル」よりはよっぽど快適に過ごせる。それは、ゲストとしてもてなされている、そのホスピタリティーをしっかり受け取れるからですよね。

この「真のホスピタリティー」はHPやホテル・レビューでは分からないものだなあ、と思う。今回はがっくりしたけど、朝食はまあまあ良かったし(まあまあ、ね)、レセプションも感じが良くてミラノで普段泊まるホテルに比べればよっぽど快適だったので、AC Milanoには、今後泊まるかもしれない。ネガティブ・チョイスなので「楽しもう」というスイッチはオフにして。このあたりの、宿泊にかける費用と結果としての心地よさのバランスって、ほんと難しいです。

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I realise that there are a lots of visitors to this blog from abroad. So, I write in English as well today, because it is not easy to get message of this post by photos only.

I stayed in a hotel in Padova, named AC Padova, one of AC hotels run by a Spanish company.

OK, I have to admit that the reception area is good, chic and nice texture of materials and colour. People are professional, nice and helpful. Breakfast was not bad, either.

But once you step into your guest room, then you find items in the room are all copy or fake or substitute – from ‘inspired’ Eames chair to Walnut printed vinyl floor and big plastic bathtub. I could not be really happy being in this room, as I received subtle message of management that says ‘you are not paying huge amount of money anyway, so forge Design Hotel is suitable for you’. This message damages impression of whole experience, leave scrach in your mind and you are not entirely comfortable there. You want to go home, being surrounded by not expensive, but honest things.


「レトロ・ロンド」のあったOudenaardeという街で泊まった「Steenhuyse」は、街の中心の広場に面した築500年の建物の内部をモダンに改装したゲストハウス。


デンマーク人とベルギー人の夫婦が1年半をかけて改装工事をした話を聞く事ができて、興味深かったです。歴史的な建物なので外観を変えるのはもってのほか、2重窓にすることさえ許可が降りなかったのだとか。客室はフィリプ・スタルク、レセプションやダイニングはほとんどがデンマークのクラシック・モダンでまとめてあって、外観との対比がとても素敵なゲストハウスでした。


朝食にはたくさんの種類のパンやチーズ、ベルギーならではのワッフルやチョコレートまで並び、卵を料理してくれ、たっぷりな量のコーヒーや紅茶が運ばれる。 なかなか贅沢でゆったりした朝の時間を過ごした。朝食の質は、宿の重要なポイントですね。


でも、ミニマムすぎる客室はちょっと使いづらかった。トイレのドアがないのは、やはりあんまり気持ちのいいものではないなぁ。脇にちょっと壁があるだけ、というのは。日本人だからでしょうか?カップルで泊まっても、積極的に見せたくない場面はあるし、音も気になりますよね?

部屋の真ん中にどどーんとあるスタルクのバスタブは、大きすぎ。お湯を溜めても溜めても、水位が上がらない。こんなにたくさん水を使うの、もったいない、、、とつい思ってしまう。

洗面台の周りのテーブル面が狭いのも使い勝手が悪い。歯ブラシだけじゃなく、いろいろ置きたいですよね、洗面台のまわりには。こんなに空間があるんなら、見栄えよく使いやすくいくらでも出来るのに、、、とついついスケッチブックとメジャーを出してスタディーしそうでした。

インテリアの趣味やもてなしの質も高かったけれど、こういう雰囲気を保ちつつethicalなホテル経営をするのは、とても難しいことなんだなぁ、と思った。夜、宿に戻って煌々と明かりの灯るリビングやダイニングに入って思ったのは、この華やかさを残しつつ電気消費量を下げるには、いろいろとアイデアが要るなぁ、ということ。でも、こんなに明るくしているのは、客がこれを望んでいるとホテルの人が思っているから? 結局は、泊まる客の側の意識の変化しか、ホテルを変えるものはないのかもしれません。

ホテルの石けんって、回収されてリサイクルされたりするんでしょうか?どなたかそういう事情、知ってます? 「タオルはまだ替えなくてもいいですよ」とスマートに客がサインを送れるような、そんなユニバーサルな作法はないものかしら、、、。

車に古い自転車を積んでフェリーでドーバー海峡を渡り、フランスを越えてベルギーのゲントの近く、Oudenaardeという街であった「レトロ・ロンド」に参加して35キロ走りました。「ツアー・オブ・フランダース」という歴史のある自転車レースのコースの一部をレトロ自転車ファンが走るというイベントで、今年で2年目の開催。


まずはGentでビールを一杯。右はチェリービールです。わたしはこの甘いビールが大好き。今回の自転車はこれ。アルミの八角柱フレームで作られた、カミナージョンというメーカーの自転車です。


20年以上古い自転車でそれに併せた服装で参加、というのがルールなので、レーシング自転車の人は古いジャージ、配達用自転車にはコールテンのズボンに帽子とか着てます。わたしは1941年フランス製の「ちょっとそこまでお買い物」用の自転車なので、ベレー帽と白いソックスで、ちょっとリセっぽく(この際、トシは忘れて)。


オーガナイザーもレトロな服装で。左からお巡りさん、メカニック、司会のおじさん、町長夫人、町長、牧師さん。


150人の大集団でスタート。街の中心部を2周ほど走り、郊外に出るとすぐにこんな風景に。牛や馬があちこちにいて、休憩場の農家では目の前をニワトリが走り回っている。コースの途中では飲み物(ビールも!)や果物、アイスクリームにケーキなどがふるまわれ、道ゆく人から声援がかかる。街中だけでなく幹線道路にもサイクル・レーンがあるし、イギリスよりも快適。車もかならず自転車を優先してくれます。自転車カルチャーの歴史の長い国で初めてサイクリングしたけれど、ゆったりしていて良いものでした。

石油が枯渇して今みたいに車を運転できなくなる100年後、工業も衰退して新しい製品が出回らなくなったら、みんなこんな風にして古き良き時代の自転車を修理して田園を走るのが世界的なレジャーになるのかな、、なんてふと思ったり。


きつい坂道のある65キロのコースを走り終えた人たち。イギリスからは14名参加、その他オランダやドイツからもレトロ自転車とサイクリストが集まっていました。


走り終えて、またビール。うーん、美味しい。でもこれ、アルコール度が11%もあるビールなのです。危ない、あぶない、、。