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Monthly Archives: April 2008

ミラノへの旅行で読み始め、最近読み終わった本。

「このデザイン界、この見本市で、わたしは何をどうしたいのだろう?」
「達成したいことは何?その先にどんな幸せが待っているのかな?」
毎年へとへとになりながら、それでも翌年への「目標」のようなものを見つけて帰るミラノ。そんなミラノで読むにはとてもタイムリーだったと思います。自分が誰とどんな風に仕事をして、これから生きていきたいのか、そしてそこから何を得たいのか、サローネの狂騒ぶりと比べながらじっくり考えることができた。

著者の辻信一さんというのは文化人類学社で環境運動家。「100万人のキャンドルナイト」の発起人の一人といえば分かる人もいるかな?たぶん一番有名な著作は『スロー・イズ・ビューティフル』(平凡社)だと思う。わたしもこの本から読み始めました。

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「豊かさ」とう幻想を越えて、という副題のついている最新著書 『幸せって、なんだっけ』は、実は経済学の本です。デザイナーは経済についてそんなに詳しくなくても仕事は出来る、、などと長年思ってたけど、最近、考え方を改めているところで、そんな時にこの本はとても勉強になりました。

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環境に負荷をかけすぎている現代社会の暮らし方を自分たちの代で変えないと、将来の世代に過酷な環境を残してしまう事になる。そして、将来の世代というのはずっと先のことでも何でもなくて、わたしたちの子供の世代が大人になった頃には、すでにいろんなことが限界を越えているだろう、というのが最近の意見の主流です。アメリカや日本、ヨーロッパなどの先進国では、開発途上国と比べると一人当たりのエネルギー消費量が30倍なんだそうです。今、すごい勢いで経済成長をしている大国の中国とインドで大部分の人口が先進諸国と同じような暮らしを始めたら、いま現在消費されてるエネルギー量の12倍が毎年必要になる。ちょっと考えただけでも、このままこんな「成長」が続くのは無理、と分かる。

そんな緊急の事態に、一番見直さなければいけないのが経済のありかたそのもの、そしてそれを支えている「進歩主義」の思想なんだ、というのが著者の意見。そこで、とても普通に戦後60年以上信じられてきた「豊かさ」ということばについて、それはwealthなのかwell-beingなのか、それともkeep developingだったのか?と問いかけ、経済の発展とともに移り変わった「幸せ」の基準についてもっとちゃんと話をしよう、と訴えている。

後半の「カルチャー・クリエイティブ(cultural creatives)」という新しい潮流に属する人、というのがとても面白かった。2000年に出版された『The Cultural Creatives』という本から著者が抜粋して紹介しています。

既存の工業や金融、メディアなどを支配して今でも「進歩、発展、開発」を信じている「近代派(モダンズ)」に対し、一昔まえは伝統を重んじ素朴な田舎の共同体意識を信じる「伝統派(トラッズ)」が対抗勢力として存在したのだけど、20年ぐらい前からそのどちらでもない新しい潮流が生まれて、それが「カルチャー・クリエイティブ」と名付けられた。ヒッピーやフラワー・チルドレンなどの動きが最初にあって、そこから年月をかけて育ったこの「カルチャー・クリエイティブ(略してCC)」集団が、今では先進国の大人の人口の1/3ぐらいを占めるようになっている。この人達の志向や活動が今後の環境問題にとっての大きな望みである、というのが著者の意見です。

ものすごく共感できるこの 「CC」の定義。ちょっと長いけど、引用します。

1)本とラジオ
モダンズとトラッズに比べて、本や雑誌をよく買い、よく読む。テレビよりはどちらかというとラジオが好き。

2)芸術と文化
ほとんどのCC が芸術や文化活動に熱心で、そのためには金を惜しまない人が多い。特に、鑑賞するだけでなく、自分で実際にやってみる事を好む。

3)丸ごと志向
CCには何事にもその「全課程」や「全体像」にかかわることを好む傾向が強い。 ひとつの商品を買うにも、どこで誰がどうやってつくり、使い終わったらどうなるのか、といったことに関心を向ける。

4)ホンモノ志向
市場に「ホンモノかニセモノか」という基準をもちこんだのはCCだ。ニセモノとされるものに、プラスティック製品、模造品、手抜き製品、使い捨て、最先端のファッションなどがある。

5)慎重な消費
衝動買いではなく、買い物の前に「消費者レポート」を調べたり、ラベルをよく読んだりする慎重な消費者が多い。

6)ソフト志向
CCには技術の先端を追う人は少なく、ITでもモダンズに遅れをとっているが、文化的な分野では逆に先端を行く人が多い。

7)食へのこだわり
CCには食に強い関心をもつフーディー(foody)な人が多い。食べものについて喋ること、新しい食べものを試してみること、友だちと一緒に料理すること、レストランに行くことを好む人が多い。エスニック、自然食、健康食への関心も高い。

8)住へのこだわり
自分がどんな家に住むかはCCにとっては大事なことだ。新築の家を買うより、古い家を買って自分の好みにしたがって建て替えをするのを好む。

9) 住環境の重視
新しい郊外より、木の多い、静かな、古い住宅街に住むことを好む人が多い。

10)巣としての住まい
住まいを「巣」や「隠れ家」的なものだと考える傾向がある。そこではプライバシーが尊重される。家の中に仕事場をもつ人が多い。

11)インテリアへのこだわり
自分の好みで芸術作品や工芸品を飾る人が多い。本もインテリアの大事な要素だ。家の外観ではなく、むしろインテリアに自分の趣味やセンスの良さが発揮されると感じている。

12)車
安全で燃費のいい車を好む。ハイブリッド車や燃料電池車のように、よりエコロジカルな車があれば、少し無理をしても買いたいと思う人が多い。

13)休暇と旅行
異国情緒豊で、安全だが冒険的で、体験型で、教育的でスピリチュアルで、まがい物ではなく、できれば現地の人のためにもなるような旅を好む人が多い。エコツーリズム、寺院めぐり、自然や文化の保全に役立つツアーなどが好きだ。嫌いなのはパックツアー、高級リゾート、豪華客船のクルーズ。

14)体験志向
CCは製品より、経験を売るサービス業のよい顧客だ。特に彼らが求めているのは啓発的で、自分を活気づけてくれる、感動的な体験。そうしたニーズに応えるビジネスを担っているのもCCである場合が多い。

15)ホリスティックな健康観
CCは専門家としても顧客としても、代替、補完医療や自然食といった分野の主役だ。彼らにとって重要なのは、からだとこころと魂をバラバラではなく統合的に見るホリスティックな健康観。からだを機械のようなものと考える近代医学に懐疑的。

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なーんだ、自分のことじゃん!と思った人、たくさんいると思うのです。わたしの友人では、これに当てはまらない人のほうが少ないぐらいだ。

そして、これに対する「モダンズ」の価値観がどんなものだったか、というのがまた面白い。 よく考えたら、ひと昔前はこの「モダンズ」的な生き方が主流だったよね、、と実感を持って頷いてしまう。まずは「モダンズにとって一番大事なこと」。

1)たくさんのお金を持つこと、そして稼ぐこと。
2)目標を決めて、その実現のために着実に、そしてその結果がその都度確認できるように、階段を昇ること。
3)魅力的な外観。スタイリッシュであること。
4)ショッピング。特に気分転換や娯楽としての。
5)できるだけ広い選択の自由があること。特に買い物、投票、職業において。
6)仕事においても、消費者としても、流行の先端にいること。
7)国の経済成長や技術的な進歩を支持すること。
8)先住民族、田舎の人々、伝統派、ニューエイジ、宗教的神秘主義を拒絶すること。

さらに「世の中こんなものだ」というモダンズに特徴的な思い込みとして、この15点。

1)内面的、あるいはスピリチュアルなことに関心を持つのはあやしい。
2)メディアによって楽しませてもらう権利がある。
3)からだは機械のようなものだ。
4)組織も機械と似ている。
5)大企業か政府の言うことを聞いていれば安心。
6)大きいほどよい。
7)時は金なり。
8)慎重に計画されたことは実現される。
9)目標を定めること、その実現のために準備することは極めて重要。
10)部分へと分解して検討することが問題解決の最良の方法。
11)科学と工学が、真理とは何かを示している。
12)仕事で一番大事なのは冷静で、理性的であること。
13)効率性とスピードが大事。
14)メディアが大金持ちをもてはやすのは悪いことではない。
15)多様な活動のそれぞれのために、区別され、仕切られた空間を持つのはいいことだ。

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引用長くなったけど、これでたったの2ページ分ぐらいしか、書き写してません。

これを読んで「カルチャー・クリエイティブって自分のことじゃん」と思ったあなた、この本を読んで、さらにそのCC集団が地球を救う「希望」なのだということを知って、自覚して欲しいと思う。 そう、わたしたちの毎日の行動が、そしてそれを理解してくれる友人や家族に話してみることが、環境問題にとってとても大切なことなんだ、と勇気を持たせてくれる本です。

サローネに賑わうミラノ、元工場地帯Zona Tortonaで今年もいろんな素敵なスペースを見て歩きました。その中で一番のお気に入りは「Lavorazione Artistica Metallo」と看板を掲げている、この金属加工の工房「Traviganti」。

デザインの展示会をやっている大きな建物の一角に、普段と変わりなく操業している工場があって、観客はその中を好きなように歩き回れる、というとても楽しい場所です。おじさんたちがフツーに旋盤とか型押しマシーンとかを使って仕事しているのだけど、工場のあちこちに小さな展示コーナーが出来ていて、妙なものが置いてある。で、なんだこれは?ときょろきょろしていると、働いている人たちが「どうぞ、どうぞ」と招き入れて手作業の現場を見学させてくれる。

あちこちに貼られたり、壁に描かれたりしているドローイングも味がある。サローネ時期ならではの「アルティザンの生きてるミラノ」を垣間見れる場所。どれくらいの人が、この入り口に気づいて入って行ったかな?


結局1時間近く工場内をうろうろして働く人達の手元を眺め「好きなんだねー、この人、、」という視線に見送られて工場を後にした。いろいろ質問したかったんだけど、わたしのイタリア語のレベルでは到底無理でした。。。


のびのびとしたドローイング。おちゃめなで色鮮やかな手紙。
人生楽しんでいる感じですね、いいですねー。家にも羽根が付いてる!?と思ったら、ちがった。天使の羽根が家の向こうに見えてるのね。。。


Triennaleでやっていたフランスのカトラリーの会社CHRISTOFLEの展示で。今までここの高級カトラリーを特にいいと思った事はなかったのだけど、こういう感じのコラボレーションだったのか、と見直した。製品の「おおらかさ」というのは、こんなふうにして生まれるのね。なるほど、、、。


今年のサローネでとても面白かったのは、Konstantin GrcicがPLANKのためにデザインした椅子の開発の過程をTriennaleで展示していたもの。

ワイヤーネットで囲んだ工場の中のようなセットになっていて、プラスティックを混ぜて色を作る機械があったり、強度試験のための装置にその椅子が入って砂袋が載せられていたり、ヘルメットやゴーグルなんかを着けるように、という工場によくあるサインがあちこちに貼られたりして、本人も楽しんだな、これは、、という感じ。入り口横に、ちゃんとロッカーがあって作業服が掛かっているし、さりげなく消化器なんかも置かれている。


なにより面白かったのは、紙やフォームで形を検討している原寸の模型から、実際のプラスティックでつくった試作、それがばらばらに砕けている写真など、この椅子の開発のプロセスが実物や写真でふんだんに展示されていること。プラスティックの鋳込みが途中で止まってるのは、粘度と厚みと圧力の関係で素材が端までとどかなかったんだな、、、などと腕を組んで考えてしまう失敗作が堂々と飾られている。見ていてほんとうに楽しいのです。

偉いなー、コンスタンティン。素晴らしい。

デザイナーと工場のこんなやりとりを見るのは、若い人たちだけじゃなく、わたしにもとても勉強になる。
このプロセスを見て、自分もこの技術を使いたいと思うデザイナーが出て来るだろうし、でもこれだけ見せられたら、意地でも違ったやり方でこの技術を使いたいと思うのがデザイナーってもんです。そして、別の今までデザインの表舞台に出て来なかったような加工技術でも、共同作業をして新しい実験をする可能性がまだまだあるのかも、と思わせてくれる。

彼のHPのプロジェクトのトップ「MYTO」に、この椅子の強度実験をしてる映像が出てます。 わわわ!!びよょ〜ん!

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出来上がった椅子が好きか嫌いか、というのはまた別問題で、これは一緒に暮らしたくなるような椅子ではないな、というのがまあ、正直なわたしの意見です。Magisから出ているChair_ONEはスタジオで使ってるけど、あれがぎりぎりかな。

今年もう一カ所、Cassinaから出ていた合板と皮の2脚の椅子、これはアイデアも仕上がりも質感も、どれをとっても完成度の高い椅子でした。こういう仕事をいちはやく見れるのが、ミラノの素晴らしいところですね。真ん中は、 新作の椅子に座ってインタビューを受けているコンスタンティンを撮ったスナップ。今年はヒゲもじゃですね。


ミラノからロンドンに戻りました。
疲れた、、、。足がまだパンパンです。

どうにかサバイバルし、今年もたくさんの人にお会いできました。

作品を見にわざわざ出向いて下さった方々、ありがとうございます。おかげさまで幸先の良いスタートを切っているようで、Zilioの社長が喜んで連絡をくれます。Corso Garibaldi, 65の「Urushi」というショールームの店頭にもしばらくは置いてあるようなので、お近くを通られる方はぜひ。開店時間などはわたしのHPのNEWS欄に。


毎年ミラノでしか会わないデザイナーの友人にもたくさん会い、刺激を受けました。新作も星の数ほど見てまだ消化しきれず「知恵熱」状態です。今年の傾向などはこのdesign-hugやミラノの皆さんのレポートにお任せし、まずは4日間で撮った600枚近い写真の中から、好きなのを何枚か。


↑見本市会場Fieraでつかの間の日光を楽しんだ初日の水曜日。よいお天気の日に、ずっと巨大なインドア会場内を歩き回るのは少しもったいない気がしました。会場の建物に池の反射光が動く回廊からの眺め。


↑ 東京からのパワフルな3チーム、TONERICOとCURIOCITYとWOWの展示。ミラノに居てまだ行っていない人はぜひ。商業主義が全開で「下品でもなんでも、ひときわ目立ってモノが売れさえすればいいのだ」という風潮が強い中で、心洗われる展示です。大資本ではない個人の出展で、この完成度の高さもすばらしい。こういうTOKYOはどんどん世界に出て来て欲しいと思う。


↑ Tortona地区で特に、元工場の建物をセンス良くギャラリーに改築しているのはミラノの魅力ですね。


↑ 展示会2日目に、すでにたくさんの人が歩いてカッティングシートの装飾がはがれてしまったギャラリーの床。今年は花柄とか葉っぱの模様が多すぎてちょっと閉口気味だったけど、こんな風にうっすら見えるのは好きだな。


↑ 自転車があったらミラノでの移動が楽なのに、、、と思い続けているので、街のあちこちで自転車が目に留まる。このサイズなら乗れなくもないかな??と思ったり。貸し自転車はサイズが大きくて無理そうなので、来年はどうにかして自分の折りたたみ自転車を持ち込みたい。

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それにしても、15回目のサローネだけど、この時期のミラノは本当に疲れる。

いろいろ新しいものを見たいし人にも会いたいし、クライアントやプレスとのミーティングも合間にある。夜はちゃんと座って、久しぶりに会う友人と食事もしたい。なのに、見本市会場や街中のギャラリー、レストランやホテルをつなぐ交通網がわたしたち訪問者に本当に使いにくいのがミラノです。

朝夕の地下鉄は混み混みでよく遅れ、時に止まる。タクシー乗り場はどこも長蛇の列で、品のない割り込みも横行。諦めてホテルまで1時間近く歩き続け る、ということも起こる。朝から晩まで展示会を見て歩いたあとには、ミラノの美しい石畳も恨めしい。

ホテルはどこも日頃の3-4倍の金額をふっかける。 チェックアウトした後に預けた荷物が人通りの多い廊下に置かれるのは不安なので、中央駅で預けようとしたら150人ぐらいが行列していてスペース空き待ちだと言っている。諦め、重いスーツケースと一緒に工事中で下りエスカレーターが動いていない駅を通り抜けてタクシーに並んだらここも30人待ち。乗り場の手前で割り込みしようとする身なりの良いビジネスマンに猛烈な抗議をし、列の数人から心強いバックアップを受けて撃退するも、目当ての展示に着く頃にはもうぐったり。

それでも、やっぱり行かないと話にならないので、来年からはどうやって快適に過ごすか、すでに考え始めています。

ミラノ・サローネが近づいてきました。
今年は3年ぶりに新作が発表になります。

ウーディネからほど近いチビダーレという街の近くの小さな家具会社を初めて訪れたのが2006年の2月だったので、 2年と2ヶ月の開発期間を経て、ようやくのお披露目です。

有名メーカーの下請けをやってきた実績ある木工所が、アジアや東欧に産地が移ってしまって地域の産業が先細りになっていくのを見かねて立ち上げたレーベルのためにデザインし、この地方の伝統の木工、スティーム曲げ加工を使いました。

スローフード運動家のお気に入りの小さなレストランで、地元のハムやワインを味わいながら若い社長がとつとつと語ってくれた地域の自然や食文化の大切さ、家族や従業員の生活を守りたいという願いをかなえるよう、しっかりと売れて欲しいと思います。

展示会の詳細はわたしのスタジオのHPのニュース欄に載せました。このHPもリニューアルして心機一転。久しぶりにミラノに行くのが楽しみな今年の春です。

わたしのスタジオ兼住まいの玄関ドアには鍵穴が3つある。いわゆる「キャッチ」でばたん!と自動ロックされ、外からは鍵を入れて回して開ける「リムロック」と、その上下に鍵を入れて回すと太い金属のバーがスライドしてドアを止める「デッドロック」が2つ。

イギリスの冬は湿度が高いので木製のドアが膨張し、この「デッドロック」の鍵穴の位置がずれるようで、毎年、秋も深まると下のほうの鍵がかからなくなります。

気温が高くなると、ドアも乾燥して引き締まり、両方の鍵がちゃんとかかるようになる。今週から両方かかるようになった。春になったな〜、と思う。


スタジオにはもう一枚、季節を感じさせてくれるドアがある。スタジオに隣接したバスルームに入るための2枚のドアのうちの一枚が、冬になると膨張して午前中は閉まらないのです。午後になって暖房が効いてくるとドアも乾いて収縮し、閉まる。これはクリアランスを少なくしすぎた設計ミス。あと2ミリ足してたら大丈夫だったのに。でも、3枚のパネルがあたかもつなぎ目のないかのごとく並んでいるほうが格好いいと思った。自分でデザインして改装したのでこういう失敗は「学習」ですが、それにしても閉まってないのは格好わるい、、と冬ごとに思うのでした。


ちなみにスタジオ兼住居は1920年代に建てられた元おもちゃ工場だった建物の一角にあります。住宅地と工場地帯の狭間という感じの、どちらかというとラフな地域なのだけど、この中庭に入ると少しほっとする。そんな場所です。